洗脳のそとがわにでてみれば【ぎぼんの窓】映画「犬王」を観て

洗脳のそどがわにでてみれば

映画「犬王」がAmazonプライムビデオででてきて、気になって観てみました。

【映画】犬王

めちゃくちゃいい映画ですね。

アニメーションも声優さんも素晴らしい。

最初、友有が「きびっちょけ!」っていうところは、長崎出身の父が言っていた方言ですが、山口でもいうのですね。

「犬王」は世阿弥の話だそうですが、歴史的なことは正直わからないので、ほんとに私の個人的な感じたことですが書いてみます。

犬王はいろんなものに取り憑かれていて、カラダが普通の人と違った様相になっていましたね。

その取り憑いている魂たちの声を聴いていくと、成仏して取り憑かれていたカラダが普通の人のようなカタチになってゆく。

そんなシーンがありました。

あれは、表現者のずば抜けた個性みたいなものなんだろう、というのも思ったんだけど。

それより、感じたことがある。

それは、私自身のことと重なる。

私はある意味で「バケモノ」だった。

犬王と同じように、私も憑いているものの声を聞いて、成仏してもらってきた過去がある。

随分とバケモノ感(というか呪われている感?)が抜けた。

それは大きく分けると、本当に憑いているモノと、私自身が自分にかけてきた呪いのような感情がミルフィーユのようになっていたもの、そして、洗脳の積み重なったモノのがあった。

 

私はもはやそれらが絡まり合って複雑化して自分というものがわからなくなっていた。

わからなくなっていると安心感がないため、常にイライラしたり、悲しくなったり、コントロールできない泥沼のような感情に翻弄されていた。

このとっちらかった「お片付け」はどうにもならないと思っていた。

でも、とりかかった。

最初にやったのは、ブログに思ったことを書くことだった。

10年くらい、誰もみてないブログを書き連ねた。

ブログは誰かが見るようになるとサービス精神的な「演じる」感じが入ってきてしまう。

バケモノにはそれはあまり良くない。

バケモノを育てるエサになってしまう。

逆に変な道に入ってしまって、なかなか「お片付け」は進まなかった。

その後、私は「感情のお片付け」にとりかかった。

どうするかというと、感情がわいたらそれを味わい感じ切る。

それをいちいち「認識する」ということをやっていった。

「今、どんな感情なのか?」

「今、何を思っているのか?」

「今、何を訴えたいのか?」

を感情が湧くたびに自分に聞いていた。

自分の声を否定しないで聞いていった。

私は常にイライラピリピリしていた。

電車の中では色んな人に怒りを持っていた。

私はその4年ほどの間に、脳内でたくさんの人を殴って、シメて、切り刻んだ。

私の脳内は、ひどい精神異常者だった。

理性がなんとか働いて、事件を起こさなかっただけなのだと思う。

へんなくすりなんかにも手を出さなかったが、際どいものは沢山あった。

見た目は穏やかな温厚そうな顔なのに、中身はひどいバケモノだった。

「このバケモノは人にはみせられないな〜」

と思いつつも、バケモノな自分を否定しなかった。

そんなバケモノでも、何年もかけてやり続けると、ミルフィーユは剥がれていき、感情に翻弄されることがなくなった。

「バケモノ感」は減ってきた。

その後、それとはまた違う「憑いているモノ」についても聞いていくことにした、

いわゆる、霊媒師のようなことができる人たちにみてもらったのだ。

過去世とか、先祖とか、今憑いているものとか。

過去世から引きずっているモノは自分でも過去の歴史を学び直すことをした。

その人がどんな状況下で生きていたのかを知ろうとした。

その時まで憑いていたのは先祖の血族だったり、それを諌めた幕府側の役人だったりしたから、先祖の苦しみの過去や、その時代の歴史についてもかなり調べた。

先祖の血族については予想しなかった強烈なものがでてきた。

私は歴史をこんなに生々しくとらえて調べたことがなかった。

歴史とは学校の授業で学ぶモノではなくて、リアルにあったことだということを初めて知った。

歴史には感情があった。

歴史は悲惨だった。

歴史には人間臭さがあった。

私は歴史をまなんだことで、いろんな人の視点を得ることができたし、おかげで人を善悪でみることができなくなった。

たとえば、歴史上のことが書き換えられていることなども想像できるようになった。

何をするにもそこに人の心がある。

いかにも人間くさいのだ。

地位や権力も生きるために活用せねば生き延びられなかったりしたのだ。

多くの視点を得て、すべてがグレーゾーンになった。

色即是空だ。

それから私は憑き物がとれていった。

憑き物は私を醜い姿にしていた。

モノへの依存、知識への依存、人への依存。

そして、洗脳の外側にも出られたわけだ。

バケモノでいきるのは複雑だったから、生きることがシンプルになってきた。

自分が自分として生きることより重大なものはないと思う。

私は「犬王」はリアルだなぁと思った。

魂の声をきいてあげることをね、したほうがいいよね。どなた様も。

私は世の悲惨な事件をみていても、大きな失敗をしてしまった人をみていても、全く他人事には見えない。

「バケモノ」になっていた私だから思うのだ。

私だって紙一重で事件を起こしていたっておかしくない人間だったのだから。

でも、「バケモノ」は変われる。

「認識」すれば。

「魂」の声をきけば。

「犬王」は救いがあると思ったよ。

「犬王」おすすめです。

【映画】犬王

みんな、自分を生きようね。

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